第2章

翌朝、五条家の屋敷のステンドグラスを透かして陽光が差し込み、大理石の階段に色とりどりの光を落としていた。私は次の手を考えながら、ゆっくりと階段を下りていく。

昨夜の潜入成功は序章に過ぎない。今度は和也にもっと庇護欲をもっと執着心を抱かせる必要がある。か弱い女は、常に男の守ってやりたいという本能を掻き立てるものだ。

階下から足音が響いた。手すりの隙間から覗き込むと、和也が階段を上がってくるところだった。完璧なタイミング。

七段目で、私は膝の力を抜いた。

「あっ!」

前のめりに、私は転げ落ちる。階段を滑り落ちそうになったその瞬間、駆け上がってきた和也がその腕で私を受け止めた。

「絵里!」耳元で、彼の声が強張った。

絵里。数日前、何と呼べばいいかと彼に訊かれたとき、私が選んだ名前。水原梨乃ではない名前。

彼の胸に身を預け、その荒い息遣いを感じる。

「ごめんなさい、まだ時々めまいが……」弱々しく彼を見上げ、瞳に戸惑いと依存の色を重ねる。

「無理しちゃだめだ、手伝うよ」私を抱く彼の腕に力がこもる。まるで、私を完全に守ろうとするかのように。

完璧。彼の心臓が速く脈打っている。それが伝わってくる。

「和也はとても親切ね、どうお礼をしたらいいか……」私は彼に胸に手を滑らせ、心臓の真上で指先を留まらせた。

和也の瞳孔が開く。喉が動いた。彼は唇を湿らせる。「お礼なんていらない。ただ……ただ、良くなることだけ考えて」

その声はいつもより掠れていた。冷静な医者の声色ではなかった。私の腰に置かれた彼の手は、まだそこにあった。まるで離したくないとでも言うように。

魚は、かかった。

でも……どうして、彼にあんなふうに見つめられると、私の心臓まで速く鼓動するのだろう?

だめ、梨乃。任務を思い出せ。彼はただの道具だ。

その日の午後、私は和也の書斎の前に立った。

「和也?」声に羞恥の色を滲ませ、そっとドアをノックする。

「入ってくれ」彼は医学雑誌を置いた。

「包帯を替えるのを手伝っていただけませんか? うまく手が届かなくて」私はゆっくりとシャツの裾をめくり上げ、腰に巻かれた包帯を見せる。「少し……気持ち悪くて」

和也の視線が私の上を彷徨う。一瞬ためらい、「もちろん」と答えた。

医療棚へ向かい、新しい包帯と消毒液を取り出した。彼が振り返ったとき、私は呼吸を少しだけ乱れさせた。

「ここに座って」彼はソファを指し示した。

私はそれに従い、シャツをもう少しだけ持ち上げる。和也は私の前に跪き、古い包帯を慎重に解いていく。時折、彼の指が肌を掠める――そのたびに、電気が走るような感覚がした。

「手、とても温かいのね」私はとろんとした目つきで彼を見つめながら、そう囁いた。

彼は一瞬動きを止め、それから傷口に集中し続けた。でも、彼の緊張は伝わってきた――指先が微かに震え、呼吸も安定していない。

「痛むか?」傷口の縁に軟膏を塗りながら、彼は優しく尋ねた。

「いいえ……触れてくれると、気持ちいい」私は声を甘く、夢見るように落とし、彼の瞳をじっと見つめた。

その一言が、彼のプロとしての冷静さを打ち砕いた。頬が赤らむ。彼は私の視線から逃れるように、包帯にだけ集中しようとした。だが、彼の意識がもはや医療には向いていないことは、私には分かっていた。

一瞬、彼の優しさに、これが演技であることを忘れそうになった。大切にされている、この感覚……だめ。梨乃。何のためにここにいるのかを思い出すのよ。

「よし」和也は新しい包帯の端を整える。「これで終わりだ」

しかし、彼は立ち上がらなかった。跪いたまま、私を見上げている。視線が絡み合い、部屋の空気が止まった。

その夜遅く、私はか細い音を立てた。悪夢にうなされている人間が出すような、くぐもった呻き声や嗚咽を。

案の定、二分もしないうちに、和也が私の部屋のドアの前に現れた。

「絵里? 大丈夫か?」優しいノックの音。

「和也……」私は震える声で答えた。「入って……きてもらえませんか? 怖いんです」

ドアが開く。そこに立っていたのは、紺色のローブを羽織った和也だった。月明かりの下では、彼は一層端正に見える。そして、柔らかく。

「どうしたんだ?」彼はベッドの端に腰を下ろし、私を腕の中に引き寄せた。

「事故の夢を……両親の……」私は涙を流し、彼の胸で震えた。

「絵里、もう大丈夫だ」彼は子供をあやすように優しく、私の背中をさすってくれた。「誰にも君を傷つけさせたりはしない」

彼の手が、私の背中でゆっくりと円を描く。その温もりには、癖になりそうなほどだった。

「どうして、そんなに良くしてくれるんですか?」涙をきらめかせながら、彼を見上げた。

和也は、これまでとは違う何かを目に宿して、私を見つめた。「だって……君は、守られるべき人だから」

彼の私を見る目は、もう以前とは違っていた。医者が患者を見る目じゃない。男が、欲しい女を見る目だ。計画は、望んでいた以上に上手くいっている。

「和也……」誘うように、彼の名前を囁いた。

彼の喉が動く。その視線が私の唇に一瞬落ち、それから無理やり逸らされた。

「少し休んだ方がいい」彼の声は強張っていた。「君が眠るまで、ここにいるから」

私は頷いて横になったが、彼のローブの裾は掴んだままだった。和也は私のそばに座り、私が眠ったふりをするまで、髪を撫で続けてくれた。

それから数日間、私はこの戦略を続けた。包帯交換のたびに、〝偶然〟の接触のたびに、か弱さを見せるたびに、彼はより一層私に引き寄せられていった。

ある晩、五条家の一同が豪華なダイニングルームに集まった。裕也と麻美はテーブルの主賓席に座り、完璧な慈善家の医師夫婦を演じていた。

「絵里、ずいぶん顔色が良くなったわね」麻美がステーキを切り分けながら、滑らかに言った。だが、私に投げかけられたその視線には、鋭い棘があるのを私は見逃さなかった。

「はい、和也がとても良くしてくださるので」私は彼に感謝の笑みを向け、テーブルの下で彼の膝に自分の膝をそっと触れさせた。

和也はわずかに体を硬くしたが、平静を装った。

「絵里、順調に回復しているようだね」裕也がフォークを置いた。「これからどうするか、何か考えているのかね?」

心臓が締め付けられる。試されている。

私は視線を落とした。「は、はい……そのことについては、考えていました。こうしてここに居させていただいて、ご迷惑ですよね……」

「そんなことない!」和也が割り込んだ。「絵里、君は迷惑なんかじゃない」

「でも、私、何も覚えていなくて。何の技術もありません。私に何ができるのか……」声が尻すぼみになる。涙が滲んだ。

「ゆっくり考えればいい。急ぐ必要はないんだ」と和也が優しく言った。

私は希望の光を宿したように顔を上げた。「あの……私、人の面倒を見るのが向いているかもしれません。皆さんがとても親切にしてくださったからか……困っている人の助けになることを学びたいんです」

「素晴らしい考えね」麻美は温かい声で言ったが、その目には計算が働いているのが見えた。「どんなお仕事を考えているの?」

「まだ分かりません、でも……」和也に向き直る。「役に立つ技術を身につけたいんです。いつまでもお荷物でいたくないから」

和也の目が和らいだ。「絵里、君がお荷物だったことなんて一度もないよ」

裕也と麻美が視線を交わす。彼らは私を監視している――だが、まだ具体的な何かを疑っているわけではない。まだ。

夕食後、私は休むと言って席を立った。自室のドアの隙間から、リビングで交わされる潜めた声が聞こえてきた。

「彼女の回復は早いな」裕也の声だ。

「早すぎるわ」麻美が応じる。「それに気づいてる? 時々、彼女は……物知りなように見えることがあるわ」

「和也が彼女に執心している」裕也が遮った。「それは悪いことではないかもしれん。もし彼女が本当に、ただの無害な生存者ならな……」

「もし、そうじゃなかったら?」麻美の声が鋭くなった。

私は息を飲んだ。

「その時は、手を打つまでだ」裕也が冷たく言った。「この家に仇なす者は誰であろうと許さん」

拳を握りしめる。彼らは疑っている――だが証拠はない。もっと慎重に。もっと速く動かなければ。

ほどなくして、和也がお茶を淹れて入ってきた。

「疲れていると聞いたから」彼はそう言って、私のそばにお茶を置いた。

「ええ、少し」私は声を軽く保った。「お茶をありがとう」

「絵里」彼はベッドの端に腰を下ろした。「もし何かしたいなら、軽い仕事なら僕が見つけてあげる。でも無理はしないで。僕たちは皆、君に完全に回復してほしいんだ」

彼の真摯な瞳を見つめていると、罪悪感が胸をよぎった。

「ありがとう、和也は本当に親切にしてくれる」私は彼の手の甲を撫でた。「和也がいなかったら、どうなっていたか分からないわ」

彼は遅くまでそこにいて、ようやく立ち上がった。

「おやすみ、いい夢を」彼はそっと私の髪に触れた。

彼が去った後、私は一人、鏡の前に立ち、拳を固く握りしめた。

裕也と麻美は疑い始めている。彼らに正体を見破られる前に、これを終わらせなければ。

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